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綾は鏡台の前に座し、湯あみを終えたばかりの濡れた髪を櫛で鋤いた。
ここ数日、心労でなかなか寝つけぬ日々を送っていることが、素直に目の下に表れている。この醜く窶れた姿を厚化粧で隠さねばならない。
「綾様。白粉を」
傍らで化粧道具の準備をしていた蓮吾が、水溶きした白粉を鏡台に置いた。
蓮吾は段取りが良い。
漆黒の化粧箱から次々と道具を取りだし、綾が使う順に鏡台に並べていく。
その熟達した手の運びから自負と高慢の心がありありと見えたが、そうならざるを得ないほど蓮吾は先を読む勘が鋭く、何事においてもそつがない。
蓮吾が味方でいる内は頼もしいが、しかし、もし敵に回れば――。
いや、と綾は心の中で首を振った。
秋月の件は忘れるべきなのであろう。明日は我が身やもしれぬのだ。
見ざる、聞かざる、言わざるを貫くことこそ、己を守る唯一の術ではなかろうか。
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