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しかし、やめよと言うつもりもなかった。
蓮吾の不満を買いたくないのだ。
蓮吾にさえ合わせておけば、己の身に危険が及ぶこともない。
綾は憔悴していた。
信念を貫き通せぬことが、かほどに心を苦しめるものだとは思わなかった。気高く生きたいと望む心が、じわりじわりと汚染されていくような感覚に、いつまであらがい続けられようか。
蓮吾さえ居なければ、と思った。
明日、蓮吾が病で急死することを心底望んだ。
自らの手で蓮吾を亡き者にするほどの度胸もなく、悪にも染まりたくないのだ。
心の深いところにある己の誇りだけは決して傷付けたくない臆病者なのである。
「綾様。じきに客がやって参ります。支度をお急ぎください」
女長の顔に戻った蓮吾が沈着な声を発した。
綾は感情のない目で頷いた。
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