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口惜しい――。
都季は文机にのせた拳をかたく握りしめた。
座敷入りを禁じるという綾の言伝てを受けてのち、都季は指南役の明光に作法御教示を賜らんと部屋を立ったが、娼家を出たところで蓮吾に呼び止められたのである。
蓮吾は
「塾は上級女になるための指南所でございます。既に上級女となられた都季様がお通いになられては、上級女の示しがつきません。これは都季様ばかりでなく他の皆様方の質までも落としかねぬことでございます」
と、厳粛に述べた。
あのときの蓮吾の顔を思い出すと、胃がきりきり痛む。
おそらく綾と蓮吾は、作法の習得を邪魔立てる腹づもりなのであろう。
ならば、皆の作法を見て覚えるまで――。
都季は内心、蓮吾に腹を立てつつも、西の窓から暮れに向かう日輪を望んだ。
まもなく夕餉の時刻である。
「都季様」
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