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「あッ」
刹那、息を呑むような蓮吾の声が空気を切り裂き、数々の器が杉の廊下を激しく打ち鳴らした。
無惨に散らばった飯と汁とが無秩序に混ざりあったその悪景は、さすがに都季の良心をちくりと刺した。
「綾様!」
不意に蓮吾が、都季のはるか背中に向かってすがるような声をあげた。
都季が振り返ると、食房へ向かわんとする上級女らの先頭にいた綾が、美相の影も形もない夕餉を見つめていた。
「何故かようなことを……。部屋で食せよというのが、さほどに不満だと言うの」
綾の眉間にくっきりと皺が刻まれている。
おそらく、都季が故意に食膳を叩き落としたと思っているのだ。
野放図な輩を蔑視するかの如き綾の冷たい眼が、ことさら都季の憎悪を燃え盛らせた。
「不満などと申しておりません。一番娼妓でさえ食房へ参られますのに、新参者の私めが部屋へ食事を運ばせる訳にはいかぬと思いましたので」
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