夏夜

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「だから俺忙しいんだよ。君と海行ってる暇があるなら、彼女と行きたいかな」 「彼女は就活してないの?」 「うん、彼女はね。高校のときからずーっとバイトしてるところがあって、卒業してそこに就職したんだ。パートっていうの? だけど俺よりは社会人の期間ずっと長いよ」  言いながら、交際五年目になる彼女の顔を思い浮かべていた。高校のときは地味な頭に派手な化粧が浮いていて、おてもやんのような様相を呈していたのだが、卒業して働きだしたら髪も染め、服もうんとお洒落になった。  夏夜にもまだ余裕があった大学一、二回の二年間が一番充実して付き合えた期間だと思う。今は前ほどの余裕がない。だから早く就職を決めて、自分をひいては彼女を安心させたい。我慢させたぶん、沢山いろんな所へ連れて行きたい。 「俺もキスしたい」  知らず知らずのうちにぼやいていた。美音子は聞かなかったフリをしてくれたようだ。ややはにかんでメニューを開いたりする。 「────そう考えると、就活も終活も変わらないね」 「…………うん?」  なんとなく疲労が襲って、半分瞼は閉じかけていた。それでも美音子の呟きははっきりと聞こえた。 「だって、一生の仕事を決める為にかけずり回るわけでしょう? 人生がかかってるんだもの」 「そうだね。終活だってそうさ、目的達成の為に、一日中…………俺と君は、同じだよ」  ────君は、本当にいつか近いうちに死んでしまうのかい?  聞けなかった。美音子からは全くそういう気配は感じられない。でも、伊達や酔狂でこんなことをしている風にも、見えない。  彼女がこの若さで人生の終盤を整える理由。いくら考えても、平々凡々な自分には想像の隙もなかった。
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