21人が本棚に入れています
本棚に追加
「だから俺忙しいんだよ。君と海行ってる暇があるなら、彼女と行きたいかな」
「彼女は就活してないの?」
「うん、彼女はね。高校のときからずーっとバイトしてるところがあって、卒業してそこに就職したんだ。パートっていうの? だけど俺よりは社会人の期間ずっと長いよ」
言いながら、交際五年目になる彼女の顔を思い浮かべていた。高校のときは地味な頭に派手な化粧が浮いていて、おてもやんのような様相を呈していたのだが、卒業して働きだしたら髪も染め、服もうんとお洒落になった。
夏夜にもまだ余裕があった大学一、二回の二年間が一番充実して付き合えた期間だと思う。今は前ほどの余裕がない。だから早く就職を決めて、自分をひいては彼女を安心させたい。我慢させたぶん、沢山いろんな所へ連れて行きたい。
「俺もキスしたい」
知らず知らずのうちにぼやいていた。美音子は聞かなかったフリをしてくれたようだ。ややはにかんでメニューを開いたりする。
「────そう考えると、就活も終活も変わらないね」
「…………うん?」
なんとなく疲労が襲って、半分瞼は閉じかけていた。それでも美音子の呟きははっきりと聞こえた。
「だって、一生の仕事を決める為にかけずり回るわけでしょう? 人生がかかってるんだもの」
「そうだね。終活だってそうさ、目的達成の為に、一日中…………俺と君は、同じだよ」
────君は、本当にいつか近いうちに死んでしまうのかい?
聞けなかった。美音子からは全くそういう気配は感じられない。でも、伊達や酔狂でこんなことをしている風にも、見えない。
彼女がこの若さで人生の終盤を整える理由。いくら考えても、平々凡々な自分には想像の隙もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!