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(俺のはまるで就活が終わった後でも出来そうなことだもんな。ひとまずなにも考えずに眠って、なにものにもとらわれず、こうして七海と話ができたら…………ひょっとして死んでも悔いはないかもしれないな)
考えるのが億劫になってきた。こんなときに就活のことを頭の隅において過ごすのも嫌だった。
明日からまたいつも通り。バイトも行くし学校も行くし就活もちゃんとする。だから今は、この瞬間だけは忘れよう。
七海がなにかを耳元で囁いた。半分意識が夢の中で、なんと言ってるのかまったくさっぱり一つも聞こえなかった。
返事をするかわりに、夏夜の右腕はあてずっぽうに彼女の腹の下を探っていた。
○
翌日、七海は朝から仕事に出掛け、夏夜は夜からバイトだった。午前中は完全にがら空きで、布団にぬくぬくしていても誰にも怒られない予定の筈だった。
しつこい呼び鈴の音で、ついに根負けして居留守を使うことを諦めた。緩慢な動きでベッドから降り(ほぼ落ちた)、Tシャツの袖がまだ片方しか通っていないうちにドアを開ける。
「はい……」
「おはよう、富士さん」
美音子が立っている。今日は彼女もTシャツに半ズボンと楽な服装だ。
夏夜はしばらく美音子をぼんやりと見下ろした。頭をかきかき、「ああ、うん」と我ながら寝ぼけた返答をする。頭の細胞はゆっくりと動き出している。
「ええと、ああ、うん。はい」
「いつまで寝てんの? 富士さん」
すっかり活動の始まった、生気の通う目が丸々と夏夜を見た。夏夜といえば、死んだような顔でまだ目が半分塞がっている。
「いつまでって……」少しカチンときた。「君が来なけりゃ、もう少し寝れたんだ」
「あ…………ごめんなさい。帰るね」
「いいよ」
うんざりした口調で帰ろうとする腕を取った。
「どうぞ」
彼女を招き入れようと背後を振り返ったまさにその瞬間、夏夜の理性は完全に甦った。
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