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「私ね」
どうやら夏夜の熱い説得は残念ながら失敗に終わったようだ。美音子は違う話をしようとしている。肘をつき、夏夜は喋るのをやめて先を促した。
「うん?」
「シュウカツ、してるの」
「へええ? その歳で?」
「そうよ。それが終わったらこんな毎日出歩かなくて済むわ」
「いやちょっと待ってよ。君は就活の前に受験だろう?」
「学校には行かない。なんとか来年の3月までに身なりを整え、親しかった人に挨拶をして、やりたかったことを全部やったら、シュウカツ終わりっ」
やべえぞ。夏夜の背中をすっと寒いものがよぎった。じょじょに笑みが消えていくのが自分でもわかる。
「……美音子ちゃん。そのシュウカツって、もしかして──あの、終活? お爺さんとか、よくやるヤツ」
美音子はしっかりと頷いた。
「大正解」
額の前に腕をかざした姿勢で夏夜は再びシートに倒れかかった。
「駄目だよー」
「いいの。富士さんには関係ないでしょ」
「関係あるし。知っちゃったもん。駄目だよ若いんだから、これからも色々なことがいっぱいあるんだぞ。大往生ならまだしもその若さで死出の準備とかダメダメ、良くないよ」
「そんなこと言っても、もうちょっとで終わるから」
ちら、と腕の下から美音子と視線を合わせる。美音子はなにかメモを見ながら喋っていた。
「ちょ」
「ん?」
「見して、そのメモ」
断られるかと思ったが、美音子は差し出した夏夜の手の、親指と人差し指の間にメモを差し込んだ。
くるっと人指し指を曲げて、中身を確認した夏夜は眉を持ち上げた。
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