夏夜

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 ああ、と美音子の中で興味という名の潮は引いていった。 「私不思議なの。大学生って、なんでそんな一生懸命仕事探してるの?」  ストローをくるくる回し、さもつまらないという風に視線を落とす。 「君も同じ年頃になったらわかる」 「わからないわよ。私死ぬもん」 「またまた。今は終活で気が立ってるから言ってられるけど、全部終わったらもうちっと生きてみたいと思うようになるのさ」 「ちなみに富士さんはどういうお仕事につきたいの?」 「俺か」いつか聞かれそうな気はしていたが、何故か自分から言うのは避けていた。何故なのかは夏夜にもよくわからない。「俺、俺は、本当は……無理なんだよ、無理なんだけどね、本当は、先生になりたかった」 「先生?」 「そう。得意分野は国語だけど、小学校の先生になって、実験やら体育とか、あと給食も。みんなで食べたりしたかったんだ」 「なんで出来ないの?」 「資格持ってないからさ。そもそもそういう大学に行けなかったもんで」  けろりと答える夏夜を美音子は不思議そうに眺めた。 「本当にやりたいことが叶わないのに、一生懸命就活なんて、できる?」 「痛いとこ突くね」  それは、目的の大学に行く前に偏差値が足りなかった時点で、夏夜は考えていた。ずっと考えていたから、就活に際してオタオタすることは全くない。 「近付くことはできるっしょ。今はね、教科書とか教材とか、作ったり売ったりしてる会社に入りたいと思っとるんです、俺は」 「おおー」美音子は素直に感動してくれた。「発想の転換ってやつね!?」 「そうだよん」  手を伸ばし、彼女が残したポテトを一本掠める。既にぱさぱさしていた。
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