水底の子守歌

13/21
前へ
/189ページ
次へ
――水の音が聞こえた。 寄せては返す波ではなく、深い水底に抱かれているような音。 例えるならば、無条件の安堵を連れて来る母胎の中。 記憶にはなくても、本能が母の片鱗を覚えているのかも知れない。 そして、水の音に重なるよう木霊するのは、優しい優しい子守歌。 サイード陛下と、セレスの母であるシビルが、セレスの誕生を待ちわびるように肩を寄せ合うビジョン。 意識の片隅で夢だと解っていながら、セレスはゆっくりと瞳を開いた。 その時…… 「――何してる!?」 強く肩を掴まれ、後ろへと引き寄せられる。 ぼんやりと瞬き、首を巡らせたセレスは、険しい表情でこちらを睨みつけているリディアナを見詰めた。 夢ではない波の音が、現実を連れて来る。 「リディアナさん?えっ……!?ここ、どこ?」 冷たい海風にハッと息を飲んだセレスは、眼前に広がる夕焼けの海に混乱した。 自分は部屋で眠っていた筈で、何故こんな所に立っているのか解らない。 「寝ぼけてるのか?お前、頭から海に飛び込もうとしてたんだぞ」 訝しむように言い放たれ、セレスはまさかと首を横に振る。 そんなつもりはない、覚えていないと、言葉より雄弁に語る瞳を見据えたリディアナは、舌を打って髪を掻きむしる。 「夢遊病かよ?」 「そんな事は……」 無い、とは言えなかった。 実際こんな場所まで来てしまったのだから、否定出来る自信などなかった。 言葉を飲み込んで記憶の糸を手繰ろうとするセレスに、リディアナは盛大な溜め息を一つ。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加