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――水の音が聞こえた。
寄せては返す波ではなく、深い水底に抱かれているような音。
例えるならば、無条件の安堵を連れて来る母胎の中。
記憶にはなくても、本能が母の片鱗を覚えているのかも知れない。
そして、水の音に重なるよう木霊するのは、優しい優しい子守歌。
サイード陛下と、セレスの母であるシビルが、セレスの誕生を待ちわびるように肩を寄せ合うビジョン。
意識の片隅で夢だと解っていながら、セレスはゆっくりと瞳を開いた。
その時……
「――何してる!?」
強く肩を掴まれ、後ろへと引き寄せられる。
ぼんやりと瞬き、首を巡らせたセレスは、険しい表情でこちらを睨みつけているリディアナを見詰めた。
夢ではない波の音が、現実を連れて来る。
「リディアナさん?えっ……!?ここ、どこ?」
冷たい海風にハッと息を飲んだセレスは、眼前に広がる夕焼けの海に混乱した。
自分は部屋で眠っていた筈で、何故こんな所に立っているのか解らない。
「寝ぼけてるのか?お前、頭から海に飛び込もうとしてたんだぞ」
訝しむように言い放たれ、セレスはまさかと首を横に振る。
そんなつもりはない、覚えていないと、言葉より雄弁に語る瞳を見据えたリディアナは、舌を打って髪を掻きむしる。
「夢遊病かよ?」
「そんな事は……」
無い、とは言えなかった。
実際こんな場所まで来てしまったのだから、否定出来る自信などなかった。
言葉を飲み込んで記憶の糸を手繰ろうとするセレスに、リディアナは盛大な溜め息を一つ。
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