第1章

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第1章

 レイフは小さな部屋の扉を開けた。 とても殺風景だ。折りたたみ式のテーブルとイスが3脚。防音壁には窓すらない。 部屋の電気を点けて、念のために盗聴器の有無を確認した。 久しぶりにムーニーがやってくる。仕事を携えて。  レイフ・シュレンジャーは綺麗な青年だった。青い瞳を縁取るキリッとした目元、肩まで伸びた金髪。女顔だ。ただ、綺麗も度を超すと近寄りがたい。 23歳の若さでセントラルパークを見降ろせる高級住宅街に1人で住んでいた。収入源は54番街で経営している高級イタリアンレストランだ。 表向きは、だ。  玄関のチャイムが鳴った。 扉の向こうには、ムーニーが書類を持って立っている。 髪を左右に分けて束ね、まるで10代の子供のようだ。化粧っ気は全く無く、いつもデニムのダボダボのパンツを履いていた。今日はそれにディズニーの絵が描かれた白いトレーナーを着ている。 こんな格好の少女が、まさか殺し屋の片棒を担いでいるとは誰も想像できないだろう。 レイフは黙って扉を開けた。 「朝っぱらから相変わらず怖い顔してるわね」 ムーニーはそう言いながら軽いステップで入ってきた。 「にこやかに『いらっしゃい』とか言えないの?」 「あぁ…」 レイフはどうとも取れない曖昧な返事をした。いつもムーニーが冗談なのか本気なのかわからない。  ピンカートン私立探偵事務所はもう百年は続く国のシークレットサービス機関だった。常に国の脅威となる人物・組織・テロリスト・危険思想の情報を収集し監視していた。そのためには法の下では不可能な行為、違法捜査を行い、それは国から黙認されていた。 そして時には国を危険にさらす人物の掃除もした。 レイフはその組織の1コマに過ぎない、言わば殺し屋だ。  仕事の依頼はいつもムーニーが持ってきた。ピンカートン私立探偵事務所の事務員ということだったが、本当のところは分からない。
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