第13走

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物心ついた時、俺は暗闇の中にいた。 別に牢獄という訳ではなく、普通の部屋だった。 ただ、地下にあったため窓はなく、電気もないため真っ暗だったというだけである。 それでも、不便はなかった。 どんなに暗闇でも、俺には物の輪郭は見えていたし、普通に生活できていた。 鍵のついた出入口の扉の横には、これまた小さな扉があり、一日ごとに食事が出てくる。 これが普通だと思っていた。 一日が12時間だという事は壁にかかっていた時計から学んだ。 それも間違いだとわかったのは、朝と昼と夜をこの目で見てからだった。 一日ごとだと思っていた食事は、朝と夜、2回だったのだと気づいた。 不満はなかった。 ただ、漠然と埋まらない何かが自分の中にあるのだけは感じていた。 それが何なのかは、その頃の自分にはわからなかった。 親の顔は見たことがなかった。 声も、表情も、何も覚えていなかった。 寂しくはなかった。 そう思うために必要な、思い出というものが何一つなかったからだと、今では理解(わか)る。
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