1297人が本棚に入れています
本棚に追加
/376ページ
物心ついた時、俺は暗闇の中にいた。
別に牢獄という訳ではなく、普通の部屋だった。
ただ、地下にあったため窓はなく、電気もないため真っ暗だったというだけである。
それでも、不便はなかった。
どんなに暗闇でも、俺には物の輪郭は見えていたし、普通に生活できていた。
鍵のついた出入口の扉の横には、これまた小さな扉があり、一日ごとに食事が出てくる。
これが普通だと思っていた。
一日が12時間だという事は壁にかかっていた時計から学んだ。
それも間違いだとわかったのは、朝と昼と夜をこの目で見てからだった。
一日ごとだと思っていた食事は、朝と夜、2回だったのだと気づいた。
不満はなかった。
ただ、漠然と埋まらない何かが自分の中にあるのだけは感じていた。
それが何なのかは、その頃の自分にはわからなかった。
親の顔は見たことがなかった。
声も、表情も、何も覚えていなかった。
寂しくはなかった。
そう思うために必要な、思い出というものが何一つなかったからだと、今では理解る。
最初のコメントを投稿しよう!