第13走

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「ほら。これあげるよ」 そう言ってアルベルトが取り出したのは、パンに肉や野菜を挟んだサンドイッチだった。 それを見て、昨日の夜から何も食べていなかった俺の腹は見事なタイミングで鳴り出した。 きゅーくるるるる。 という可愛らしい音に、その場がシン……と静まり返った。気がした。 それでも、先程のシリアの表情が頭から離れずに警戒を解くことができなかった。 震える手でグッ、と握った大木からピシッと不可思議な音がしたのはその時だった。 一瞬の出来事だった。 ついさっきまでそこにあったはずの大木が、ザラリと解けて失くなった。 何が起こったのか、全くわからなかった。 呆然と大木のあった場所を眺める俺の腕には、また黒い靄が纏わりついていた。 何だこれ。 手で払ってみるが、靄がなくなる様子はない。 先刻は気にならなかったそれに、いま目の前で起きた現象に恐怖が募る。 今度は俺の腕が、解けて失くなってしまうかもしれない。 一度起きた混乱は留まることを知らず、呻き声のような声が口から出た。 「落ち着けば」 ガッ、と頭を思いきり掴まれて喉が引きつった。 盛大にむせ返り、ゴホゴホと咳をする俺の横で、アルベルトが仏頂面でこちらを見下ろしている。 「あのねぇ、自分の力くらいちゃんと制御しなよね。みっともない」 そう言ってこちらを見下ろすアルベルトの顔が、悲痛そうに見えた。 それは俺の気のせいだったのかもしれないが、その表情は今でもハッキリ覚えている。 問い質したところでマトモな答えなんか返ってくるはずもないので黙っているが、それはその時の状況には不似合いな表情だったと思う。
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