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1、遺伝子改変
★ 遺伝子改変 2015/4/1
男は毛布の下から、硬い石板のような物を取りだして彼に見せた。見た目は岩石のように見えたが、実際は柔らかな素材で、何かを覆っていた蓋のような物らしく、歪んだ表面には剣と盾を模した紋章らしき模様があり、単なる蓋ではないと思われた。
毛布を剥いだ途端、彼は身体から皮膚が剥ぎ取られ、肉が吹き飛んで骨格だけを大気に晒すような感覚に襲われた。
実際、そんな経験はおろか、そんな感覚に襲われたことは過去に一度もなかった。
『急激に酸素吸入すると、炭素骨格が破壊される』
一瞬、声を聞いたように思った。
自分が何処にいるか、彼はわからなかった。時がいつなのか理解できなかった。わかるのは、先ほどまで数人の見知った顔があり、裏寂れた丘陵地の住宅地にある一軒家に入り、半地下状態の広間に入った記憶だった。
彼は、語りかけた存在が姿を持たず、空間に漂っているのに気づいた。なぜ、そう気づいたか、疑問を持たなかった。
空間には多くの存在が浮遊し、彼に過去を説明しようとしていた。彼に石の蓋を見せた男の姿はなく、妙な蓋と毛布が足元に残されていた。
彼が過去を覗くと、灰紫に霞む空間の外に、赤紫の空とも大地とも見分けがつかぬ広がりがあった。
この世が終わったわけではなかった。どのように天変地異が起ころうと、人類は生き延びてきた。これまで多くの理解しがたい変化が生命に現れたが、多くは人が人為的に成した結果だった。人体改造もその一つで、他の天体で生存するためにどれだけの適合力を身につけたらよいかが課題だった。だが、それらの医学的生物学的研究は、同時に、とてつもない問題を抱えた。新しい抗生物質が作られると、突然変異で、それに対抗するウィルスが誕生するように、生命体の細胞自体に欠陥が生まれたことである。高度に進化した生命体は酸素を媒介にして炭素循環をくりかえす。その根本が崩れようとしていた。
ピペットから試験管に薬品を一滴注いだ。試験管内部の蛋白質は、一瞬、形が崩れ、すぐさま姿を消した。薬品自体も、基本的な分子に変化した。
「静かに、ゆっくり呼吸するんだ。分子の炭素骨格をシリコン骨格に変えた・・・。呼吸と、それに関する問題を理解できるだろう・・・・・」
見えない存在が、説明していた。
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