かそけき花の、うららかに強く

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かそけき花の、うららかに強く

 熱に浮かされて、時季外れの桜の夢を見た。  あれは数えで7才の年のお花見。  少年は満開の桜のアーチの下で踊るようにくるくる回って遊んでいた。絨毯のように一面に敷き詰められた薄紅の上で。  春色の雲のような枝枝から、なおも嵐のように降る。  花びら、花びら、花びら。  大人達は少し離れたところで酒と肴を囲み、ロシアとの海戦の話や景気の話をしている。  少年はチャンバラや戦争ごっこよりも、野山で草花を愛でたり自分で考えた歌を口ずさんだりする方を好んだ。 「さくら、さくら、さくら。上もさくら、下もさくら。前も後も横も、さくらさくら。うれしいな」  ふと桜の木を見上げると、見知らぬ少女が高い枝の上に腰かけてこちらを見ていた。黒い絹糸のような長い髪に透き通るような白い肌。紅い帯を結んで桜の花と同じ色の着物を着ている。 「ねえ、どうやってそこに登ったのさ?」 ……自分と同い年くらいのようだが、こんな子、来ていたろうか?  正月。少年は数えで8才になった。  あの少女のことはそれきり忘れていたが、あの子がちょうど座っていた桜の枝の上にポツンと季節外れの白い桜の花を一輪見つけた。  少年は背が少し伸び、手足も長くなって力もついていた。 ――女に登れて、男の自分に登れないわけがない―― 大人は自然の異変を忌み嫌うが、子どもにはただもの珍しいだけである。紺の絣の裾をはしょり、太い幹の溝や瘤を手掛かりに登っていく。  もう少しで花に手が届く、と思った時。  花が手折られるのを拒むかのように少年の足元の枝がぽきり、と折れた。  少年は今、大怪我と発熱で昏睡している。襖の向こうで明日までもたぬかもしれないと告げられ家人がすすり泣く声ももはや聞こえない。  少年の瞼の裏、漆黒の闇に白が一枚、はらりと舞う。
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