鏡花水月

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………… 誰かに呼ばれた気がして、顔をあげた。 目の前には誰もいなくて、ただ、秋を待つ紅葉の木が風に揺られているだけだった。 少しだけ息をつく。 …自分は何者なのか、分からないままだ。 豆腐小僧の父と人間の母の間に生まれた。 自分は妖怪なのか、人間なのか。 それの答えは今日まで出ていない。 子供の頃は、人間の世界に住んでいた。 『普通』ではない自分の事を人間たちは怖がり、嫌った。 妖怪である父より命の短い母が死んでから、妖怪の里である『月鏡』へ引越してきた。 父の豆腐が好きだった。 父の豆腐を作りたくて、必死で頑張っていた。 そんな父も、何十年も前から帰ってきていない。 …人間は好きだ。 母と同じ、温かくて儚い存在。 妖怪も好きだ。 父と同じ、色々な可能性を持つ存在。 でも、自分はどちらでもない。 今度こそ、本当に物音がしてもう一度外を見る。 風に吹かれた紅葉の枝に誘われているように、旅をしてきた誰かがこちらに向かって歩いてくる。 ゆっくりと微笑み、声をかける。 「よかったら、ここでお茶していきませんか?」
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