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あれが、最後?
あんな顔をさせて、酷い言葉を投げつけて、あんなのが、哲司との最後の思い出になるのだろうかー。
その瞬間、沙和子は西山田の身体を両手で力一杯押した。
沙和子自身が驚くような強さで。
不意をつかれて、西山田は体勢を崩し、反対側の壁に背をつけた。
急な出来事に、驚いたような顔で沙和子を見ている。
「触らないで!気持ち悪い!変態!」
泣きながら叫ぶ沙和子を、放心したように見つめる西山田だったが、その口元がブルブルと震え出した。
「…気持ち、悪い?…気持ち悪い?…さわちゃん、さわちゃんまで、そんなこと言うの?」
薄っすらと口元を歪め、青ざめた顔で、また沙和子に手を伸ばす。
沙和子は両脚を激しく動かし、西山田に抵抗した。
「あっち行って!触らないで!」
叫んだ瞬間、沙和子の左頬に西山田の平手が飛んだ。勢いよく倒れこむ沙和子の上に馬乗りになり、西山田は叫ぶ。
「俺は悪くない!悪くない!あの子が勝手に落ちたんだ!何にもしてないのに!…俺はただ…心配して、ちょっと様子を見に行っただけなのに!」
容赦ない勢いで殴られ、沙和子の意識は朦朧としていた。
自分にのしかかり、狂ったように喚く西山田を左目の端で見ながら、「…何、言ってるの?」と、掠れた声で呟いた。
「気持ち悪い?…俺が?…あの女と一緒のこと言いやがって!このバカ女!…俺は全部知ってる!ぜーんぶ知ってるんだ!お前の旦那が、あの女を孕ませて捨てたことも!あの二人に俺が教えてやったんだ!」
「……な、に…?なんの、話…」
顔を上げようとした沙和子を押さえつけ、西山田は沙和子の首に両手をかけた。
「病室で俺の顔を見た途端、あの子は悲鳴をあげようとしたから、こんな風に、押さえたんだ…だって、俺は何もしてないのに…暴れて、逃げて…椅子の上になんか乗るからっ…」
沙和子の細い首に、西山田の指がめり込む。
沙和子は必死に、両手の爪を、西山田の手に食い込ませ抵抗した。
「…俺のせいじゃない!俺のせいじゃない!あの子が勝手に落ちたんだ!…むしろ、お前の旦那が殺したんじゃないか…っ」
"だから犯人を教えてやった"
西山田はそう叫びながら、沙和子の首を絞め続けた。
沙和子は、意識を失いかけながら、視線を彷徨わせる。血だらけになった手からは、力が抜け、ゆっくりと地面に落ちた。
そして、西山田の背後を見つめて、薄っすらと微笑んだ。
声にならない、声ー。
"会いたかった"
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