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類はゆっくりと西山田に近付くと、目の前に膝をついた。
「…ねえ、なんでも知ってるって…あんたそう、叫んでたよね?」
類の視線に気圧されて、西山田はごくりと喉を鳴らす。
類は、その静かな声のトーンに似つかわしくない勢いで、西山田の胸ぐらを掴み上げた。
「言え。何があった…何をした?」
西山田は類の視線から逃げるように、両手を自分の顔の前で交差させた。
「ち、違う!俺は何もしてない!あ、あの子が勝手に窓から落ちたんだ!俺はっ…突き飛ばされたあの子のために…救急車だって…呼んだんだ!」
類は青ざめた顔をして、西山田から手を離した。
「…お前のせい…?まりあ、お前から逃げて、窓から落ちたって、こと?」
「だから!違うっ…確かに、俺に驚いて大声出そうとしたから、口を押さえて少し黙ってもらったけどっ…あんなことになるなんて!俺は思ってなかった!あんなに暴れて逃げなくてもいいじゃないか!
俺が救急車呼んでやったんだ!お礼くらい言えよ!謝れ!気持ち悪いって言ったことっ謝れ!」
後半は、気違いのように叫ぶので、何を言っているのか、聴き取りづらい。
「俺じゃない…俺じゃない…」
ブツブツと呟いていた西山田は、急に起き上がると、目の前の類を思いきり突き飛ばした。
慌てて立ち上がると、そのまま転がるように走り出し、路地を抜けようとする。
「待て!」
後を追おうと立ち上がる類の腕を、哲司が掴んだ。
「類!行くな!」
「はあ!?なんで!聞いてただろっ…あいつ…ぶっ殺してやる!」
「いいから行くな!」
「うるせえっ離せ!」
ふたりが言い合いになっている間に、西山田の姿は薄暗い路地から消えていた。
哲司の手を振り払い、西山田を追おうとする類の耳に、沙和子のか細い声が聞こえた。
「…類…さん…」
名前を呼ばれ、類は哲司の腕の中から自分を呼ぶ、沙和子に視線をうつした。
沙和子の頬は、殴られたせいで腫れてきている。
僅かな光の下でそれを見つけた類は、俯いて唇を噛んだ。
沙和子はぼんやりと視線を彷徨わせ、類を見つけると、ゆっくりと手を伸ばした。
「…行かないで、ここにいて」
「……」
類は、拳を握りしめる。
あの日、まりあも同じことを言った。
自分がボロボロのくせに、類のことを心配していた。
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