Ⅰ 乗客消失事件

5/8
前へ
/40ページ
次へ
   一 暗い高速道路を私は愛車とともに走る。   深夜にもなるこの時間帯、車内は乗客たちの寝息だけが響いている。   やかましいイビキをかく男がいる日もある。 「今日は静かでいい」   そう静かに声に出してみた。   その声は凍えた吐息のように、目の前の空気のなかへと混ざるように消え入った。   そういえば、今夜は私の妻と娘が実家へ旅行に出かけると言っていた。 なんでも妻の地元に小さな規模だがテーマパークができたらしい。 1週間ほど前、 夕飯時にその話をした際に家族4人で思いのほか盛り上がってしまった。 それで、今日出かけることになったのだ。   私にはこの仕事中であるので、楽しんできてほしい。   ……まあ寂しい気分ではある。   一家の大黒柱というものは辛い。   ……。   車内の空気ももう一度、体で感じ取ってみる。 静かだが、人肌のある優しい温度が保たれている。   私は夜行バスが好きだ。   改めてそう思ったが、今度は口には出さなかった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加