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儚く、悲しく、美しく。
「本日付けで、君を退職処分とする。今日中に荷物を纏めてこの屋敷から出ていきなさい。」
「…え?」
この屋敷の主、孝秋様は冷たく淡々とその言葉を告げた。
身寄りのなかった私を12の時からここに置いてくださって。
働かせてくれた。
そのときの孝秋様はまだ16で。
私なんか邪魔だったはずなのに、それでもここにいさせてくれた。
…それから10年。
ここではベテランとしてやってきていたのに。
「…どうして、ですか。」
「どうしても、こうしてもない。お前は大人にもなったし金も溜まっただろ。ここに置いておく必要もない。この屋敷には要らなくなったそれだけだ。」
「…そうですか、わかりました。失礼します。」
カチャ…部屋を出ると、孝秋様の書斎のドアを閉めた。
…つい昨日までは、優しく私の名前を呼んでくれたのに。
私の思い出はほとんど、この屋敷の中に、孝秋様との記憶なかにあるのに。
孝秋様が全てだったのに。
孝秋様がいたから、どんなに嫌なことをされて辛くても、苦しくても耐えてきたのに。
そっか…孝秋様は私のことが邪魔だったんだ。
『お前のことは一生俺が面倒みてやる。だから、契約しろ。』
『…契約?』
『お前の面倒を一生みてやる代わりに、お前は俺のそばで一生働け。』
『…うん。』
優しく微笑んでくれたあの笑顔は。
あのときの契約は…嘘だったのかな…。
そう思うと悲しくて、涙が溢れた。
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