19人が本棚に入れています
本棚に追加
「とっても優しくて…愛おしい顔。」
俺はもう、堪えることなどできなかった。
こみ上げてくる熱くて痛いものも溢れて止まらず、それは涙となって零れ落ちた。
「…ちょっと、達矢、泣かないで。僕の最後のキスなのに。」
「…ッ、最後とか、言うな…ッ…手術まだだろッ…諦めんな、バカ…」
「…うん。ありがとう。その泣き顔も、あったかい涙も…刻んどいたよ、心に。」
俺は智耶を抱きしめると、そのまま口を塞いだ。
智耶の目にもあたたかく光るものがあった。
***************
次の日。
嫌なほどに快晴だった。
俺はスタートラインに立つ。
今頃智耶の手術も始まっているだろう。
…大丈夫だ、智耶。あんなの最後のキスじゃねぇ、最初のキスにしてやる。お前の知らないいろんな表情を、これからも見せてやるから。
クラウチングスタートの姿勢をとり、俺は自分の世界に入った。
…神様。
俺、今までの大会で1回も神頼みなんかせずに走ってきた。けれど、今日だけは、神頼みさせてください。
もし…もし、俺が優勝して1位でインハイに行けたら、智耶の右眼を救ってやってください。
…どうか…どうか。手術が成功しますように。
ピストルの音と同時に、俺は地面を力強く蹴った。
Fin.
最初のコメントを投稿しよう!