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――いったいどんな樹の花でも、
所謂真つ盛りといふ状態に達すると
あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。
――それはよく廻つた独楽が完全な静止に澄むやうに、
また、音楽の上手な演奏がきまつてなにかの幻覚を伴ふやうに、
灼熱した生殖の幻覚させる後光のやうなものだ
――それは人の心を撲たずにはおかない
不思議な、生き生きとした美しさだ
――今こそ俺は、
あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、
花見の酒が呑めそうな気がする――
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梶井基次郎
「檸檬・ある心の風景」旺文社より抜粋
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