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こうしている間にも時間は経過する。刻一刻と。着実に。残酷に。
経過してしまった時間は、もう取り戻すことはできない。これから私が歩んでいく未来の時間よりもはるかに有意義のはずの、過去の時間にはもう私は帰れない。
「もうこんな時間か……」
私はぬらりと席を立つ。充電の終わった携帯電話のディスプレイにはミノルの満面の笑みが写り出されていた。きっと彼のこんな表情を見ることは金輪際ないのだろう。いや、彼そのものを見る機会ですらもうないのかもしれない。
それでも私はわずかな可能性に賭けてみようと思う。未来の希望に賭けて見ようと、そう思うのだ。私はミノルの一番の理解者であるし、何よりも私とミノルが歩んできた時間だけは嘘ではない。だから私にはきちんとわかっている。ミノルが何故私を捨てたのか。
玄関でスリッパから靴に履き替える。腰の高さほどの靴箱の上にある、小さな鏡は私の顔を映していた。そう、ミノルが私を捨てた一番の理由であるこの顔が。全てはこれが悪いのだ。私はもう若くはない。女子高生や女子大生のように、ハリのある綺麗な肌はとうに無くなっていた。ミノルは私を捨てたのは、仕方のないことなのだ。使い古しのゴミは残さず捨てるのが普通だからだ。ミノルはただ普通のことをしただけ。ゴミを捨てただけなのだ。
だが私は知ってしまったのだ。ゴミは再生するということを。時間は元に戻らないが、私自身は戻れるということを。
時間は夜の七時を過ぎた。もうすぐだ。もうすぐこの家の前に……
……あの子が通る。
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