第1章 

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 おおまかに、世界は東西に二分されていた。西のロアナートに住む人々は、東を『向こうの国』と呼んだ。ロアナートは近隣の国々へ侵攻をつづけ、武力でもって勢力を拡大。東側は警戒をつよめ、同盟国との団結を深めていった。  胸が悪くなる空気には、もう慣れた。洞窟を思わせる仄暗い通路を歩くのも日課とかしている。今日に限っては何故か下っ端に先導されているが、行き先はわからない。  ――かったりぃ  ロアナート軍ダガルス支部。訓練帰りにて、女は顔をしかめていた。  流星の軌跡のような、長い銀髪。暗がりに於いてさえ存在を目立たせる蒼眼。白を基調とした戦闘服が霞みかねない、曇りのない肌。格好がまともなら、どこぞの令嬢とでも見紛いそうだが。 「おい馬面」美貌からは想像しがたい、がさつで悪意を孕んだ語調。「方向が違うようだが、どこに行くつもりだ? もしや、お前の寝室にでも連れていかれるのか」 「俺の頭が狂ったら、そういう事もあり得るな」男は、付き合いの長さを感じさせる澄まし顔でかえす。「お前は、遺言状にも下らないジョークしか書かなそうだ」  お互い様だろ。女が吐き捨てると、暫しの沈黙が降りた。二人の足音は幾多の部屋を通りすぎ、右左折を繰りかえし、階段に出くわす度に上階へと登っていく。  いつまで歩かせんだよ。女がそんな文句を言いかけた時、ふっと周囲が明るくなった。視界の両端を埋めていた灰色の壁が照らしだされ、磨かれたような鉄扉があらわれた。 「ここか……大体わかるぜ、糞みたいな用件だ」  女の呟きには答えず、男は横に据えられたパネルを操作する。それが終わると、僅かな間を経て扉がひらいた。そして、その先にはもう一つの扉が鎮座していた。 「ドレス」女の名をよんだ。「もう、会えないかも知れないな。お前のことだから、結局は生きて帰ってくると思うが……」  女――ドレスは色々と察したようだ。仏頂面を引っこめ、何とも言い難い顔をした。「会いたかないし、心配もいらないよ」  憎まれ口を叩きながら、一人で扉に歩み寄った。その背中に男の声がひびく。 「忘れないでくれよな。俺達は、誰一人としてお前を――」 「うるせーよ」ドレスが遮った。そして俯き、「ありがと……」
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