序章 「蛍の事情」

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 まず、頼りの蜷川病院が、すでに数年前に売り払われていて、名前も経営者も変わってしまっていたのには吃驚した。  かろうじて行方がつかめたのは、俊太郎先生の所在だけ。  俊太郎先生は、大先生が亡くなった後、病院も、病院の近くにあったご自分の部屋も、さらにその奥の村にあったという実家の家屋敷から山林まで、すべて処分して、東京で気ままに暮らしているらしいという事だった。  逢いに行きたいと話すと、何故だかすべての人に止められた。……逢わない方がいいと、何度もやんわりと諭された。  一体何があったのか知らないけれど、ここ数年の俊太郎先生を知る人たちからすると、俊太郎先生はもう誰に対しても分け隔てなく接してくれた、あの俊太郎先生ではなくなっているらしい。  詳しい話は、誰からも聞く事が出来なかった。  けれど、それで諦めるなんて、以前の私ならともかく、今の、「相沢蛍」ではあり得ない。  九死に一生を得て、得難い縁でたくさんの人に助けられて、私には、一つだけ確かに判ったことがある。  ……私が進むと決めた道に、間違った選択肢なんてなくて。  もしやってみたいと思う事があるなら、そちらに迷わず手を伸ばしてみればいい。  私が何かを求めるとき、きっと、答えも私を求めている。 これはかなりの確率で間違いない。  だから、迷わず進んでみればいい。  きっとその先にあるものが、欲しかった『答え』。 ***  ……そういうわけで、私はいま、東京某所にある俊太郎先生のマンションの下にいる。  もちろん、これがこれから自分にどんな運命を運んでくるかなんて、ほんの少しも、知りもしないで。  
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