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腹を据えて、そちらに進んでみる。ちらりと見ると、初老のその人の胸に銀色のネームプレートがあって、内村と名前が掘ってあった。
俗に言う「コンシェルジュ」とかいう人なのかしら。
こういう家を、マンションならぬ億ションというんだろうなァ。
蜷川先生、本当にお金持ちなんだ。
「こッ、こんばんわ! 内村さん。私、こういうところ初めてで、勝手がわからなくて。助けてもらえますか?」
尋ねると、ちょっと驚いたように内村さんは目をしばたかせ、それから、ニッコリとした。
「もちろん。それが仕事です。どなたをお尋ねで? よろしければ、お荷物をお運びいたしましょう」
伯父の家を出てからここまで、荷物をずっと旅行カートで引きずっていたから、そうとう疲れてはいたけれど、マンションで荷物を運んでもらうなんて想定は最初からない。
慌てて首を横に振った。
「三十階に住んでおられる蜷川先生のところへ行きたいだけなんです。このまま進んでもいいですか? 荷物は自分で運べます。そんな長居もしませんし」
「……蜷川さま」
一瞬、内村さんが絶句するのが判った。
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