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伯父以外には、この世に肉親のいなくなった私にとっては、あの苦境を救ってくれた蜷川病院の人たちだけが、強いきずなで結ばれた存在だった。
白井さんは、リハビリを怖がる私にいつも厳しかった。
凛として、全然優しくなかった。
でも、一つ出来る事が増えるたび、自分の事のように喜んでくれた。蛍はガッツがあるって褒めてくれて。そのたび、嬉しくてまた頑張ろうと思った。
そのうち、お互いの笑顔がとても気になるようになって、個人的な話もするようになって、ちょっとだけ、病院の外にも一緒に出るようになって。
最後までなかなか戻らなかった、私の視覚を取り戻してくれたのも、白井さんだ。
その頃、五感のほとんどは、そんなにたいした時間をたてずに戻っていたのに、どうしても視力だけは戻らなかった。
本当は見えているのに、認識できないんだと、蜷川先生は言っていた。
見ているものを、認識する事を心が拒んでいる。
見える事を怖がって、見えないと自分に言い聞かせているって。
これ以上それが続くようなら、専門の心療内科に行く必要があるねと、寂しそうに先生が言った声。
何故だか耳にまだ残っている。
病院を離れるのが嫌だなと、そう思ったから覚えているんだと思う。もうすぐ夏になる。そんな暑い日だったのも覚えてる。
伯父さんと連絡がつく、数日前。
確かその日の晩だ。
白井さんが、こっそりと私の所に来てくれたのは。
白井さんは見えない私に目隠しして、そっと病院裏にある小さな森の小道を、私を車いすに乗せて運んでくれた。
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