75人が本棚に入れています
本棚に追加
その日の夜。あたしは愛美に電話をかけさせられた。
「……ごめんね。10月7日無理だったよ」
『そっかあ。残念! じゃあその前後とかは? 3日間そっちにいるんだ』
「全部……無理かな」
電話をかけるあたしの横には正治さん。電話を切ってから正治さんは言った。
「外で男みたいに働いてる女なんてロクなもんじゃない。2度とかかわるなよ。いいか?」
黙っていたら突き飛ばされて、足を滑らせて後頭部をぶつけた。
それだけで終わったと思っていたのに。
誕生日当日、正治さんはあたしをバスルームに閉じ込めてから仕事に行った。
抜け出して遊びに行かないように、って。
服を着たまま空っぽの浴槽に寝転んだ。ため息をつくと、バスルームの中で声が反響した。
「………―♪―♪」
あんまり覚えていないけど、電話口で愛美が歌っていた歌を口ずさんだ。
こんなんだったっけ? でももう聞けない。
これから通話履歴をチェックすると言われたから。
頭を傾けると、窓の外が見えた。青い空が広がっている。小さな空。
愛美は東京のどのあたりに来てるんだろう。もしかしたらすごく近くまで来ているのかもしれない。
「会いたかったなあ……」
口に出て気付いた。自分の願い。
馬鹿だな。望むだけ無駄だってわかっていたはずなのに。
もう殴られても蹴られても、涙はでなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!