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――翌日。教室のあたしの前の席がぽっかりと空いていた。
ずっと空席だったはずなのに、誰かいたような気もする。
髪の長い女の子の後ろ姿がうっすら頭をよぎった。
あたしは後ろの席の藤田さんに尋ねた。
「ねえ。あたしの前の席って誰かいなかったかな?」
藤田さんはこめかみを押さえながら、怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってるの? そこは元々空席。 このクラスは全員で26人。そこは余りよ」
「余り……。こんな教室のど真ん中が?」
あたしの席は教室の真ん中だ。
「普通余りって1番後ろの席とかになるんじゃないの?」
「知らないわよ。もう、頭痛い。次は2限よ。早く礼拝堂に行かないと、神父様のお話が始まっちゃう!」
藤田さんはあたしを振り払って行ってしまった。あたしも聖書を持って礼拝堂に向かう。
廊下を歩くクラスメートは友達同士で何か楽しげに話しながら寄り添っている。
その少し後ろを1人で歩く。
1人は慣れているはずなのに、どうしてさみしいなんて感じるんだろう。
あたしは早足で礼拝堂に向かった。
――礼拝堂で神父様のお話を聞いていたら、昨日のことを思い出した。
裏庭で煙草を吸っていた神父様。
なんだかすごくムカムカする。
「――…篠宮さん」
2限が終わった後、神父様に呼び止められた。
「……はい」
渋々振り向いて返事をすると、神父様はにっこり笑って言った。
「今日の放課後、礼拝堂の掃除を手伝ってください」
「はい? なんであたし……!」
有無を言わせぬ笑顔。
「お願いしますね」
「ちょっと、あたしは――…」
返事を聞かずに、神父様は行ってしまった。
もう神父様にというよりも自分に苛立った。
どうして嫌なことを嫌と言えなかったんだろう。
***
「篠宮さん。さっき神父様に何をお願いされてたの?」
教室に戻ると、後ろの席から藤田さんが身を乗り出して話しかけてきた。
「え? ああ。実は放課後に礼拝堂の掃除を頼まれちゃってさ……」
藤田さんのつり目がきゅっと吊り上った。
「神父様がどうして篠宮さんに?」
「知らないよ。たまたま目についたんじゃない? もー面倒」
藤田さんは「そう」とにっこり笑って言った。
「じゃあ仕方がないから、私が礼拝堂の掃除代わってあげるわ」
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