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全てが謎のままに、俺はあの頃を思い返す。なのに肝心の愛結に関する記憶だけが、頭の中から欠落していた。
ふと窓を見やる、すると病院から出て来る愛結が居た。咄嗟に学生鞄をベッドの脇に置き、急いでカプセルホテルから出る。
赤いワンピースを着た、車椅子の女の子。やはり自分と瓜二つの顔、其れだけでは無く笑い方でさえ似ていた。
本当に他人とは信じ難い、しかしその表情は何処か寂しげだ。何を悲しんでいるのだろう、ふと衝動を抑えきれず声を掛けた。
今度は、少し遠くから大声で此方と叫ぶ。途端に彼女は眼を見開き、車椅子を動かして真っ直ぐに此方に向かって来た。
タイヤが、アスファルトを滑るシャーと言う爽快音が周囲に響く。キコキコと愛結は手で必死に漕ぎ、少々苦笑しながら俺を視やる。
やっと、自分のかたわれと再会出来た。きっとこの日をずっと待ちわびていたのだろう、彼女もまた嬉々とした笑顔を見せた。
「あ、愛結だよな?」
「うむ、弟よ元気だったか?」
彼女は、どこぞの姫みたいな口徴で俺の頭を撫でながらそう訊いてくる。長い間病院に居たのか、愛結から消毒薬の匂いが漂う。
恐らく、彼女の衣類からだろう。其れにしても改めて近くで視ると、本当に顔立ちがそっくりだ。
半ば緊張気味に、俺は訊きたかった事を問う。すると彼女は笑いながら、この姿を弟に見せたくはなかったと答えた。
だから、親戚にも親にも内緒にしといて欲しかったらしい。正直いい迷惑だ、俺は苦笑いしながら自分の気持ちを伝える。
意外だった、まさか嘘を付いたのは愛結だったとは。でも姉としての威厳と言うか、配慮だったのかも知れない。
そう、懐かしみながら会話をしていると。病院を訪れた父と母に鉢合わせした、気まずい空気が周囲を覆い始める。
「お父さん、お母さん。話しがあるの。弟に隠すのはもう止めて欲しい。現にこうして心配して来てくれた、だから十分だよ?」
「愛結、そうだよな。ごめんな……其れに孔も黙っていて悪かった、けど言いにくかったんだよ」
「愛結、孔。あなた達は私達の大切な子供よ、良い?だからこそ今でも話さなかった。きっと孔が自分を責めてしまうもの……」
そうだったのか、だから愛結とは会えなかった。漸く繋がる答え、けど姉さんは浮かない顔をして眉を潜めているのを俺は見逃さなかった。
でも、結局何があったのかは訊けないままに二人は先に帰って行く直後愛結が。
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