st.1 はじまり

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「え?」 驚いた表情の彼女に、特に反応もなく、めぐみはさらにずいっと袋を差し出す。 「隣に引っ越しました、めぐみです。先ほどはありがとうございました。よろしくお願いします。」 挨拶品だとばかりに強引に渡し、ペコッと少し頭を下げてすぐ部屋に戻った。 誰かと話すのは苦手なめぐみには、あの台詞でかなり疲れる。 布団をベッドに起き、ぬるいお弁当をあけた。 冷蔵庫もレンジもないこの部屋。 少しずつそろえてはいくが、今は仕方ない。 めぐみはプシュッとビール缶をあけ、ベランダの外を眺めつつ食事をとった。 「私とは、違う生き物みたい。」  先程の女性を思い返し、そう呟いた。 あんな風に笑うことも、他人に声をかける事も自分には出来ないから。 そして、段ボールに入っていた鞄からシワシワのメモ紙を取り出した。 2つの電話番号が並ぶそのメモ紙。 高校時代、唯一心を許し話せた友人たち。 落ち着いたら連絡をする。 そう約束して、3年目だった。 今が、その時だと思うのに、中々連絡出来ないでいるのは、信用していないからかもしれないと、思う。 いや、怖いのだ。 今も代わらぬ友情がそこにあるのかどうか。 連絡を取りたいのは、自分だけなのかもしれないという不安。 それを紛らわすように残ったビールを一気に胃に流し込んだ。 こんな時、酔えたらどれだけいいだろうか。 まだお酒を飲み始めてわずかだが、どうやら酒に強いらしい。 酔って、笑って、気を失うように眠れてしまえば、どれだけいいか。 ベランダから濁った空を見つめながら、買ったばかりの毛布を身体に巻きつけた。 ゴロンと横になり、そっと目を閉じる。 床の冷たさと、外の微かな音に集中しながら、ゆっくりゆっくり意識をぼかしてゆく。 やはり、まだこれがしっくりした。
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