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「え?」
驚いた表情の彼女に、特に反応もなく、めぐみはさらにずいっと袋を差し出す。
「隣に引っ越しました、めぐみです。先ほどはありがとうございました。よろしくお願いします。」
挨拶品だとばかりに強引に渡し、ペコッと少し頭を下げてすぐ部屋に戻った。
誰かと話すのは苦手なめぐみには、あの台詞でかなり疲れる。
布団をベッドに起き、ぬるいお弁当をあけた。
冷蔵庫もレンジもないこの部屋。
少しずつそろえてはいくが、今は仕方ない。
めぐみはプシュッとビール缶をあけ、ベランダの外を眺めつつ食事をとった。
「私とは、違う生き物みたい。」
先程の女性を思い返し、そう呟いた。
あんな風に笑うことも、他人に声をかける事も自分には出来ないから。
そして、段ボールに入っていた鞄からシワシワのメモ紙を取り出した。
2つの電話番号が並ぶそのメモ紙。
高校時代、唯一心を許し話せた友人たち。
落ち着いたら連絡をする。
そう約束して、3年目だった。
今が、その時だと思うのに、中々連絡出来ないでいるのは、信用していないからかもしれないと、思う。
いや、怖いのだ。
今も代わらぬ友情がそこにあるのかどうか。
連絡を取りたいのは、自分だけなのかもしれないという不安。
それを紛らわすように残ったビールを一気に胃に流し込んだ。
こんな時、酔えたらどれだけいいだろうか。
まだお酒を飲み始めてわずかだが、どうやら酒に強いらしい。
酔って、笑って、気を失うように眠れてしまえば、どれだけいいか。
ベランダから濁った空を見つめながら、買ったばかりの毛布を身体に巻きつけた。
ゴロンと横になり、そっと目を閉じる。
床の冷たさと、外の微かな音に集中しながら、ゆっくりゆっくり意識をぼかしてゆく。
やはり、まだこれがしっくりした。
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