大衆食堂 山本

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軽く息切れする二人。 「運動不足を実感する。」 はぁはぁと息を吐き出して藤木が言った。 「たった数年なのになぁ。学生の頃はもっと軽やかに駆け上がれたはずなのに。」 「ぶっ、ベスの学生時代が見てみたいな。どんな学生だったんだよ。」 また、笑われた。 どんな学生だったかって。 息も整いだして歩き出そうとしたら右手を掴まれ、繋がれた。 「こうしてないと、また走って置いてかれるでしょ。」 酔っ払てないけど、繋がれた手。 その手の温もりに胸の奥がギュッと締め付けられる。 「走ったし、あんまり近くにいたら臭うかもしれないよ。」 ワキ汗、かいてる気がする。 自覚症状ありだ。 「大丈夫だって。ある意味、その臭いを嗅げる近さにいるって、仲がいい証拠でしょ。」 ふふんと笑いながら、歩き出した藤木に手をひかれるように歩きながら、仲がいい証拠だけど、その仲がいいの種類ってさ。 この手とかさ。 この胸のときめきとかさ。 藤木は、どういうつもりだべ。 いや、でも、仲がいいのに間違いはないってことでいいか。 性別が違うからって早急にどうこうって定義しないといけないわけじゃないことにしておこう。 だって、藤木の性癖も知らないし。 男も女もオッケーな人だった場合、私と今してる手を繋ぐ行為にたいした意味もないのかもしれない。 友達の延長線上とかかもしれないべ。 多くの人が、ワッキーの悩みをあまり気にかけないように、私だって性的にマイノリティな人のことをよく知らない。 藤木に抱くこの気持ちに間違いはないけれども、よく知らないからこそ、早急に知らなくても、ゆっくりと藤木という人間を知っていけばいいことにしよう。 まるで自分への言い訳のようなことを考えていた。
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