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気が付けば11月になっていた。
広島に出張に行くと言っていた藤木とあれから会っていない。
広島出張がどれくらいの期間のものなのかも聞いていなかったし、忙しいのかもしれないと思うとこっちから連絡もしにくかったから。
水曜日の夕方、いつも通りに帰ろうと駅に向かったら、どうしてるだろうなと思っていた藤木が改札の近くに立っていた。
私を見つけたらしく、目が合ったらふわっと笑った。
そんなところで、約束もしてないのに待たれて、素敵な笑顔を振り撒かれて、私の胸の奥を疼かせるなんてずるいべ。
「お疲れ。それとこれ。」
ガサガサと持っていた袋ごと渡された中身はもみじまんじゅう。
「あっ、ありがと。お疲れ様、お帰り。」
どれを言えばいいのか分からないくらいに、かける言葉があるのも難しい。
「ふっ、ただいまっていいね。最近、使ってない。ただいま。」
改札の近くでなにをやっているんだろうと思わなくもないけれども、目の前に藤木がいる状態が夢じゃないことにふわふわしていた。
「広島に行ったのに、お好み焼きを食べてないんだよね。で、一緒に食べに行かない?って誘いに来た。」
「電話してくれればいいのに。待ちぼうけを食らったらどうするつもりだったんだか。」
笑ってしまった、携帯がある現代で連絡もせずに待ってるって。
「30分ここで待って来なかったら偶然も必然もないんだと思って帰ろうと思ってたよ。でも会えると思ったからさ。」
さらっと、優しい風が吹いたと思った。
「そっか。じゃぁ、ここで会えたのは必然だったってことで食べに行こう。」
「酔っ払ってもいいよ。そんで横断歩道で競争してもいいよ。」
「わざと勝たない人との勝負はしないって。」
この前の階段のときに気が付いた。
追い抜こうと思えば追い抜けたはずなのに、藤木は同時に階段を登りきることを選んだってことに。
「じゃぁ、競争じゃなくて二人で走るか。」
わざと勝たなかったことへの言い訳をせずに、二人で走るかと微笑む藤木はやっぱり優しい人だと思う。
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