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その日、夜遅くに政典と誠二は帰って行った。
その夜は再び冷え込み、雪がちらついていた。
義秋は誰もいない大浴場で、曇るガラスの向こうを見つめていた。
「おう、ヨシア…」
後から入って来た光生が義秋を見つけて名前を呼んだ。
「お前もまだだったのか…」
自分の横まで来た光生に言った。
「ああ。ちょっと酔ってたんでな…。横になってた」
光生も同じ様に窓の外を見つめた。
窓の外でちらつく雪を二人で見ていた。
「お前、そう言えば結婚は…」
義秋は光生に聞く。
光生はお湯をすくって顔を洗っていた。
「ああ…一度したが、別れた。ほら、医者になるの遅かったしな。金が無くてよ。嫁はそれに耐えきれずに出て行ったよ。幸い子供がいなかったから、今じゃ金持ちの開業医と再婚したらしいよ」
外を見たまま光生は言った。
「お前は…」
光生は義秋を見た。
義秋はその光生から視線を逸らして外を見た。
「俺は完全に婚期を逃したな…。こんな仕事してると、家庭があっても家には帰れない事が日常だ。時には海外に何カ月も行く事だってある。ホテルやこんな旅館に泊れるならまだマシだ。車の中に何週間も寝泊まりする事もあるしな…」
義秋も顔を洗った。
それを見て光生は微笑んだ。
「フリーライターって、格好良いだけの仕事じゃないんだな…」
「当たり前だ。ライターが格好良いなんて一度も思った事無いよ…」
義秋と光生は顔を見合わせて笑った。
「しかし、久しぶりにこうやって顔を見て、話して…楽しかったよ…」
光生は大浴場の天井を見上げた。
義秋は小さく頷いた。
「ヨシア…」
光生の表情が変わった。
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