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古谷旅館の朝は早かった。
釣りの客が泊る宿で、朝食は朝の七時にはほぼ完了する。
義秋たちの様に朝の九時過ぎに朝食を取る客など他にはいなかった。
大きな食堂には義秋と光生、節子と智子の四人が座るテーブルと、隅の方のテーブルに数名の従業員が座って食事をしているだけだった。
カチャカチャと食器の触れる音も聞こえる程に静まり返っていた。
その静寂を光生の声が破る。
「ヨ、ヨシア…」
その声は少し裏返っていた。
その光生のふとももを横に座る智子が思い切り抓る。
「黙って食べえよ」
智子は光生を睨み付けた。
今朝の事を何も知らない義秋と節子は、きょとんとした顔で二人を見ていた。
「ヨシア…。今日は予定は」
ご飯を口に放り込みながら智子が言う。
「あ、ああ…。何にもないな…」
義秋は茶碗を置いた。
「節子は」
節子はまさか自分に振られると思って無かったのだろう。
少し驚いて、
「私も何にも…」
智子も食べ終わった茶碗を置いて、二人に微笑む。
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