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義秋にはこの町の冬の記憶はあまり無かった。
雪なども滅多に降る事もなく、白いその町を見たのは初めての様な気がした。
義秋がその町を離れている間に、沖に浮かぶ島との間に大きな橋が架かり、ちょっとした観光地になってしまっていた。
こんな雪の日にわざわざこんな所に来るモノ好きもいないだろう…。
義秋は雪で白くなった町を見下ろしながら微笑んだ。
土産物屋の駐車場に車を停めて、自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながらタバコを吸う。
義秋が吐き出す白いモノはタバコの煙なのか吐息なのか、既に見分けも付かない。
土産物屋の店先には、土産物だけではなく、地元で採れた野菜や魚の干物なども並べてあった。
相変わらず、何も無い町だな…。
義秋はタバコを灰皿で消すと、缶コーヒーを飲み干して自動販売機の横の赤いダストボックスに放り込む。
ちらつく雪を気にしながら、車に戻り、ドアを開けた。
少し屋根のない場所を歩いただけで、頭の上と上着の肩には雪が残っていた。
義秋は肩の雪を払い、車に乗り込む。
少し停めていただけの車のフロントガラスも既に雪が覆っていた。
義秋はエンジンをかけて、ワイパーでその雪をかいた。
ワイパーは雪の束を音を立てて脇に運び、義秋の視界を広げた。
そこに同じ様に雪で真っ白になりながら一台の車が、土産物屋の駐車場に入って来た。
その車は義秋の車の横に停まった。
左ハンドルの義秋のすぐ傍で、その女はドアを開けて車を降りた。
二人は目が合うと会釈して、お互いに頭を小さく下げる。
小走りに土産物屋に入って行く女の背中を義秋はじっと見つめた。
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