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「…あんまり派手じゃないようにお願いします。その… 花だけじゃなくて、周りのリボンとかも…」
美咲子は客に呼びかけられ、作業を止め振り向いた。声の主は作業台の向こう側に心細そうに立っている。少年と呼ぶには大きいけど、青年と呼ぶには頼りない。
智と同じくらいだろうか。あの子が初めて人に花をプレゼントしたのは、たしか私の誕生日よね。
美咲子はちょっととぼけた我が子の顔を浮かべた。小学2年生の頃、智は自分の小遣いに夫からのカンパを足して真っ赤なバラの花を一輪用意してくれた。
美咲子は左手に持った花束を持ち上げ微笑んだ。
「包装紙はアースカラーにしましょう。リボンは使わずラフィアを束ねて自然に。大丈夫です。この花束が入る紙袋もご用意できますから。お花は気に入っていただけましたか?」
「はい。ありがとうございます。」
作業台の向こう側で彼がぺこりと頭を下げた。
なんて初々しいのかしら。
春の風が店先のスイートピーを揺らし、ほのかな甘い香りが美佐子に届いた。なんだか懐かしい気持ちがした。
この店は駅の改札まで徒歩20秒の場所にある。
キオスクにぴったり隣り合った古いビルの一階に、三畳ほどのスペースを借りた「フローラ・ワルツ」の駅前店は、切り花の陳列棚とレジ、小さな作業台を置くと人がすれ違うことも難しいほど手狭だ。
「駅構内の敷地にプランターの箱がはみ出さないように陳列する事」と社長にきつく言われるのは、本店から欲張って持ってきた鉢植えのいくつかがどうしてもはみ出してしまうからだった。
その小さな店の前には広場があり、そこをこの駅の利用者のほとんどが通っていくのだ。花見日和な天気も手伝ってか、今日の駅前はいつにもまして人の流れが速い。
せわしなく動き続ける風景の中にいつの間にか現れた彼は、何度も何度も店の前を行き来することで、美咲子にその存在を知らせたのだった。
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