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いい仕上がりの花束を彼に渡す。風がふわりと彼の髪を撫でてから店内にやってきた。
今日の風が彼にとって追い風になりますように。
美咲子は胸の中でそっとエールを送り頭を下げた。
彼は紙袋を受け取ると何かを吹っ切ったように小さくうなずき、美咲子に礼を言った。おどおどした気弱さは消え失せ、精悍な顔立ちに見えた。
彼は少し微笑んで店から離れていく。美咲子は彼の後姿をしばらく見送った。
店の前にある広場を通り、ちょうど青に変わった歩行者信号を渡ると彼の栗色の頭は人ごみにまぎれ、とうとう見えなくなった。そよそよと温かい風が美咲子の前髪を揺らした。
甘くて、切なくて、胸をしめつけるような緊張。
美咲子はそれらをしみじみと感じ取っていた。若い頃に確かに経験した感情だが、それから何年も遠ざかった今となってはもう思い出すのも難しい。
自分のそれを思い出すよりも、近い未来にきっと訪れる息子の初恋を想像する方がはるかに容易になってしまった。
いい映画を見たあとに似ているわね。終わってしまうと少し寂しいのよ。
視線を動かさず横断歩道をぼんやりと眺めていると、人混みの向こうから大きな花束がやって来た。人々の頭の50センチ上の辺りで、白い小花の付いた枝が束になって揺れている。
持ち主は枝を折らないように行き交う人を器用に避けているのだろう。白い小花たちは横断歩道を蛇行しながら近づいてきた。
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