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「……それじゃな」
「あ、うん。ありがと」
学校の昇降口で修一は件の生徒と別れた。
電車の中で痴漢にあっていた男は松本夏樹(まつもとなつき)といって、修一と同じ学年の生徒だった。
同級生といっても、修一は八組で夏樹は一組とかなりクラスが離れている。
二人の通っている高校は、ひと学年十クラスあり、一から五組までは三階で六から十組までは二階と教室が別れており、クラスが離れているとほとんど顔を合わせることがない。
さらに学年が違うと、校舎も違ってくる。ヘタをしたら卒業するまで一度も顔を合わせたことのない生徒もいるらしい。
入学してまだ二週間、修一が夏樹のことを知らなかったのも仕方がない。
修一だって男ばかりのむさくるしい中で、少女のように可憐な生き物が混ざっていたらひと目で気づくだろう。
修一は夏樹が昇っていった階段を見上げた。
「よっ、おはよ」
「――池尻か」
「池尻か、じゃないだろ。朝はおはよう、だろ? ほら言ってみ?」
「……おはよう」
「もう、今村の照れ屋さん!」
朝から妙に高すぎる池尻のテンションに修一がウンザリしていると、池尻が修一の肩に腕を回してきた。
「でも、そんな今村が俺は好きだよ」
お互いの額がくっつきそうなくらいの距離で池尻がニヤッと笑った。
「おい、近いって……」
さらに冗談で頬にキスをしてこようとする池尻を、修一が押しのける。
靴箱の前で二人がもみ合いをしていると、さっきまで修一が見上げていた階段の方から何か大きなものが滑り落ちる音が聞こえた。
音のした方へ、修一と池尻が揃って顔を向ける。
そこには階段の中程で顔を真っ赤にして尻餅をついている夏樹が、目を見開いて修一らのことを見ていた。
「あっ……ご、ごめん。俺、電車のお礼に昼ご飯でも……って……邪魔するつもりじゃなかったんだ」
首から上を真っ赤にしたままの夏樹が、あわあわと立ち上がる。
余程慌てているのか、途中、何度も足を滑らせながら夏樹は一組の教室のある三階へと姿を消した。
「――――おい」
「あははー、なんか誤解された感じ?」
ようやく体を離した二人が、揃って「最悪」と呟いた。
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