132人が本棚に入れています
本棚に追加
何度も足を滑らせながらも、何とか自分の教室までたどり着いた夏樹は、よろよろと席に着くとそのまま机に顔を突っ伏した。
(あ、あれって……あれだよな。男子校の一部にいるっていう……噂には聞いていたけど、本当にいたんだ)
夏樹の脳内に先ほどの光景が思い浮かぶ。
ひと目もはばからず、靴箱の前で抱き合っていた二人。相手の生徒は恋人だろうか、ものすごく大胆に修一に迫っていた。夏樹が階段から足を滑らせなければ、そのままキスをしていただろう。
(高校生にもなると、みんなあんなに大胆になるものなんだ)
キスどころか、いつも片想いばかりで付き合った経験なんて全くない夏樹にとっては、先ほどの靴箱前の二人の様子は十分衝撃的な光景だった。
何度頭を振ってみても二人のキス(未遂)シーンが頭から離れない。
(もうっ! 忘れろっ、忘れるんだっ! だって……)
机に突っ伏したまま、くりくりと頭を振る夏樹の姿は、まるでむずかる子猫のような可愛さだ。
男子校のむさくるしい教室の中、そんな夏樹の様子は異彩を放っており、いつの間にかクラスの注目を集めていた。
(……だって……すごく、羨ましいじゃないかっ!)
誰にも言ってはいないが、夏樹の恋愛対象は男だ。夏樹は物心ついた時から、同性にしか魅力を感じない。
夏樹がぴたりと頭の動きを止めると、様子を窺うために夏樹に近づいていた数人のクラスメイトも同時にビクッと肩をすくませた。
「ま、松本くん?」
「大丈夫?」
入学してまだ日は浅いが、天使のような可愛さから既に夏樹には取り巻きのようなものができつつあった。
その中の何人かが、心配そうに夏樹に声をかける。
「どうしたの? 気分が悪いなら保健室に……」
「――おい、なんでお前が松本くんを保健室に連れて行くんだよ」
「別にいいだろ! 松本くん、具合が悪そうだからと思って俺は……」
「そうやって、弱ってる松本くんに何かしようとか思ってるんじゃないのか?」
「……なっ」
図星だったのか、最初に夏樹へ声をかけた方のクラスメイトは頬を染めて言葉を詰まらせた。
「ねぇ、ケンカなんてしないで。みんな仲良くしようよ」
最初のコメントを投稿しよう!