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頭上で始まった口喧嘩に、夏樹が仲裁に入る。
机から上げた夏樹の顔は、先ほど目撃したキス(未遂)シーンの余韻からか、頬はピンク色に染まり瞳はうるうると潤んでいた。
「ね? ケンカはダメだよ?」
おまけに、ぽってりとした可愛い唇からそんなことを言われたら「はい」としか言いようがない。
夏樹のことを誰が保健室へ連れていくのかでもめていた数人のクラスメイトらは、毒気を抜かれたようにおとなしくなった。
「松本、いる?」
静かになった教室に、夏樹のことを呼ぶ声が響く。
クラスメイトらの注目が一斉に声の主――修一の方へ向いた。
「今村くん!?」
「あ、いた。松本、ちょっといい?」
「あ、う……うん」
修一に呼ばれた夏樹が、真っ赤になりながら修一のもとへと小走りで駆けていく。
その様子を見ていた夏樹の取り巻きたちの間でざわめきが起きた。
「あのさ、さっきのことなんだけど」
「さっきの?」
「そうそう、靴箱の前で俺たちがやってた……」
「あっ、あの……お、俺は別に偏見とか、そういうのがダメ……とか、ないから。それより、さっきは邪魔しちゃって……ごめん」
頭から湯気が出そうなくらいに、夏樹は耳まで真っ赤に染めてうつ向いた。話す言葉も最後の方は、もう何と言っていたのか聞き取れない程だ。
「あー、やっぱり勘違いしてたかぁ」
「え?」
「だから、それ。松本の勘違いだから。俺、女の子大好きだから」
「え? でも」
「一緒にいたやつ、池尻っていうんだけど、あいつがふざけてただけ。池尻、彼女いるから。わかった?」
「そ、そうなんだ……」
友達同士がふざけ合っていただけなのに、それを恋人同士だと勘違いするなんて。夏樹は自分の方向違いな思い込みに、恥ずかしさから消え入りたい思いで、その場に立ちすくんだ。
「何? 俺と池尻がデキてた方がよかった?」
修一がからかうようにニヤリと笑う。
「そっ、そんなことないよ。何でそんなこと……」
「いや、松本が何か残念そうにしてたから」
「残念って……」
(ちょっとは思ったけど)
「まあいいや。せっかくだし昼、一緒に食べる? 俺、食堂に行くけど」
「じゃ、じゃあ、お弁当持って食堂に行くよ。昼休みになったらすぐに行く?」
「俺がここに迎えにくるから待ってな」
人懐こく笑う修一に、夏樹はわかったと答えた。
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