129人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ
1
過去を振り返ることは、決して後ろ向きな行為ではない。
だけど。
それは、単に思い出として思い返すなら良いとして。
再び、その過去を現実に引き戻すのは。
往々にして、止めておいたほうが良いのだ。
だって。
それは、きっと。
パンドラの箱を開くようなことに、違いないのだから。
1995年の春。
麻里恵は、ハリウッドにメイクアップの勉強をするために旅立った。
俺と麻里恵は数ヶ月の短い同棲生活を過ごした後。
麻里恵は、ひとりで旅立って行ったわけだ。
俺は、新宿の富久町に麻里恵と古い一軒家を借りていた。
2DKで13万円の格安物件で。
その家は、値段に見合うほどの古さだった。
でも。
俺と麻里恵は、その家で本当に幸せな時間を過ごした。
麻里恵が留学していた一年半は。
俺ひとりで、ひとりでは広過ぎるその家で過ごして来た。
ただ、麻里恵が帰って来る日を楽しみにしながら。
一年と半年が過ぎて。
麻里恵が日本に戻って来た。
成田空港の到着ゲートを出て来た麻里恵は。
一年半前と同じ笑顔を見せて。
俺の胸に飛び込んで来た。
そんな、幸せな時間が。
麻里恵となら、ずっと過ごせるんだって。
そのときの俺は。
少しも疑わずにいた。
最初のコメントを投稿しよう!