第1章

6/40
前へ
/40ページ
次へ
 『かなたちゃんがもう痛くなくなるためならなんでもする、だから泣かないで』って。  「……智哉君は、昔から私には甘いわよね」  「そうだよ」  即答されて、私はなんだかどきまぎしてしまう。  こんなこと、はじめてじゃないのに。  「ふふ」  「……」  「もう血はとまったかな? 片付けるからかなたちゃんはどいていてね」  「あっ、うん、私も手伝うわ!」  「また怪我でもされたらたまらないよ。ほら、下がって」  「ごめんなさい……」  カップはもともとかなたちゃんのためのものだったし、気にしないで」  「うん……ありがとう」  「なにを神妙な顔してるんだい? 自分の妹に優しくするのは兄の務めだよ」  「……そっか。妹……だもんね」  結局、あれから1時間くらい他愛もない話をして、私は智哉君の家をあとにした。  おじさまもおばさまも、智哉君に送っていかせるって強くすすめてくれたけれど私は断った。  一人になりたかった。なって考えたかった。  でも、何を? 智哉君のこと?  ……わからない。  ただ、冷たい風が吹く夜道で怪我をした指先だけが変に熱くて……。  私はそっと、指先を唇にあててみた。  「うげー、気持ち悪い……」  「だから無理しないでって言ったじゃないの」  「いちど頼んだメニューに口をつけないなんて、美琴様の名がすたるってもんよ」  「それはちょっと違うと思うわ……」  良くいえば独創的、悪く言えばゲテモノのメニューを作るうちの学校の学食。  今回の新作は『秋の味覚を満喫! ザ・海シチュー』だった。  お昼休みにお弁当の私を無理に誘ってチャレンジした美琴ちゃんだってけど、出てきたものは。……さんまの塩焼きにシチューがかかったもの。たしかに『秋の味覚』だけどね。  勢い込んで頼んでしまった美琴ちゃんは、それでも一人、ひるむ他の生徒たちを尻目に平らげた。けれどさすがに気分が悪くなり、いい空気を吸うために裏庭まで出てきたってわけ。  「やばい、死ぬかも。最後に見たのがあんたの顔でよかった……」  「もう、美琴ちゃんったら! 大丈夫?」  「う~だめかも。……あれ?」  「どうしたの? 美琴ちゃん」  「しっ! 隠れて!」  「いきなり元気になった美琴ちゃん、今度は私を草むらに引きずり込んできた。  「ちょっと……あれ? 智哉君」  「しぃっ! 黙って!」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加