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あの日、薄暗闇の中で手にした一冊の本が狂気の深淵への片道切符になるなどとは知る由もなかった。
?ちょうど大学に入学してから2週間が経った頃だった。兼ねてから興味を持っていた民俗学を専攻することになり、また幼少の頃より神話や怪奇現象に漠然とした憧れがオカルト研究会への所属を促した。
?ようやく大学での一応の居場所の確保が出来たと思い、大学近隣の探索でもしようと、ぶらぶらとしていた。
この辺りには、昔ながらの喫茶店や古書店などが迷路のような路地に立ち並び、どこか懐かしい感じのする町であった。
まだ、田舎から上京してきたばかりの自分にとっては、ギラギラした大都会よりは幾分馴染みやすくはあった。
?ちょうど親からの仕送りが入ったばかりで、多少の贅沢も許されるだろうと思い、掘り出し物でもないかと目にとまった店に出たり入ったりを繰り返していた。
日も暮れかかりの夕方5時頃、ある一店の古びた古書店に立ち寄った。
「天獄堂」
また奇妙な店名が好奇心をかきたて、吸い込まれるように店の中へと歩みを進めた。
店の外観と同じく、陳列されている本はかなり古びたものが乱雑に積み上げられていた。
本のタイトルからするに、民俗学や怪談、宗教学、心理学など自分の興味関心を引くジャンルのものばかりで、心踊るとはまさにこのことなのだと実感した。
しばらく漁っていると、一カ所だけ妙にポッカリとした空間に一冊の黒い革の本が置かれていた。
タイトルはなく、そのずっしりとした重さはその本が刻んだ時を感じさせずにはいられなかった。
パラパラと中を覗いてみると、どこの国の言葉かさっぱりわからないが、挿入されている図からするに太古の生贄の史実などではないかと考察した。
それも尋常ではないページに渡って、かつ色彩豊かに綴られているそれらに瞬時に惹かれた。
ちょうどその時、店主が奧から出てきた。
?便底メガネに白いヒゲを蓄え、ところどころ歯が抜け落ちているが、背筋は真っ直ぐとした70くらいの老人だった。
ただ、その雰囲気にはどこか怪しさが光るものがあった。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね。学生さんかい?」
意外にも明るい感じで接客してくる。
「はい、まあ。あのこれいくらですかね?」
手にしていた黒い革の本を差し出しながら尋ねた。
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