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神城龍聖(かみしろりゅうせい)は朝からイライラしていた。
ベンツの後部座席のシートに座り頬杖をつくその姿からは、明らかに不穏な空気が漂っている。
「時間の無駄だと思わない?」
そう言って後部座席から運転席に身を乗り出す。
「だからさあ、このまま適当にどっか行ってよ。ねぇ、山本ぉ」
山本、と呼ばれた運転手はクスリと笑い、「そんな甘えた声したって無駄です」と言った。
「私は龍聖様をきちんと送り届けるようにと、奥様にきつく言われておりますからね。それより危ないですからしっかりと座っていて下さい」
「クソ真面目」
「ふふ…そうですね」
山本は龍聖の我儘をさらりとかわし、車を進めた。
神城家の執事である山本は、龍聖が幼い頃から仕えていて、“ワガママ坊っちゃん”の扱いには慣れている。
今年で40になる山本は、子どもがいてもおかしくない年齢だが、結婚の予定はおろか浮いた話ひとつなかった。
整った綺麗な顔をしていながら、彼女すら作らず、神城家一筋数十年。そんな山本を龍聖は変わり者だと思っている。
「あまり奥様を困らせてはいけませんよ。それに今日は大切な入学式ではないですか」
山本の言葉に、龍聖はハーっと長い溜息をついてドカッと座り直し、
「この学園の入学式に、何の意味があんの?」
と悪態をついた。
窓の外を眺めると満開の桜が咲いていたが、龍聖はそれに対して何の感情も抱かなかった。
美しい風景も、すりガラスを透したように、ぼやけて見える。
いつからだろう、春の訪れに胸がときめかなくなったのは。
龍聖は、毎日繰り返される変化のない日常にはもう飽き飽きしていた。
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