4人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ幸宏がケンカに弱く、怪我をして帰る日が多かった頃、加勢はしないが妹をかばってくれる友がいた。
あれは……後藤だったではないか。
妹も大層懐いていて、兄のしようもない意地から、つまらなく思っていたのだっけ。
「時代が変わったら、音楽家として身を立てたかったと今でも言ってるよ」
「そうか。変わると……いいな」
「そうだな」
「彼女は、可愛かったな」
ぽつりとつぶやき、友は帰っていった。
必ず取りに来い。
窓から友人を見送りながら幸宏はつぶやく。
僕に消息を聞くのではなく、直接妹に会いに行け。
あの子もきっと覚えている、あんなに懐いていたのだもの。
戦争が終わったら。
その時、おそろしい考えが頭をよぎる。
もし、負けたら?
後の日本はどうなる。
平和な世になっているというのか?
負けがかさんでいるのは、新聞記事や公告を見る限り明らかだ。心あるものが読めば決して騙されない。
平穏無事に生きる世の到来を願うと勝利しかないのか。
わからない。
室内に目を転じ、所在なく並ぶ本を眺める。
手垢だらけで、何人の手を経て読み倒された本。
真新しくて、まさに半分ぐらいまで読み進められて、これ以上は時間がなくて読めないと、栞を挟んで置かれた本もあった。
どれにも遺していった者の想いがある。
時々、それらを眺め、沈思する。
読み手を待つ本は痛々しかった。
もっと読みたかったろうに。
誰も失われてはならない人たちだった。
残された思いを引き継ぐのは重い。
ページをめくるのも辛くて、預かった本は開けない。
不意に思い浮かんだ。
生き残った者には好むと好まざるとに関わらず責任が課せられる。
僕は。
彼らのような学生をもう二度と戦地に送り出したくない。
託した者の想いを全て抱えて、生きていくんだ。
けれど、それはとても重いことだね。
がたがたと、風が窓ガラスに吹きつけ、枠を鳴らしていた。
戦中郷里へ帰った時、後藤の話をしたら知子は「えっ」と言ったきりうつむいてしばらく顔を上げなかった。廊下にはぽたぽたと涙の滴が散っていた。
最初のコメントを投稿しよう!