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「これを預かってもらいたくて来た」
ずい、と差し出した風呂敷から出てきたものは、分厚い本が数冊。どれもこれも今となっては稀少な専門書だった。
ぎくりとして幸宏は本と後藤を見比べる。
こくり、と首を縦に振り、後藤は言った。
「僕も行くことになった」
「……召集が来たのか」
昭和十八年に学生の徴兵猶予が解除された。学徒動員だ。卒業が前倒しになり、あるいは休学扱いになって召集され、戦地へ赴く友人が数限りなく出た。
幸宏は医学部に籍を置いていたので猶予期間が引き延ばされた形だが、いつ自分にも番が回ってくるかわからない。彼も学業はそっちのけで勤労動員されていた。
出て行く友人達のはなむけに、『武運長久』と書かれた日の丸に、何回名前を書いたかわからない。
「来たというか……元々僕は軍医志望だったから。訓練開始の時期が来たというわけ」
「そうか」
彼で何人目だろう。幸宏は目線を伏せる。
「寄せ書き、回ってきたら一筆書かせてもらうよ」
「止めてくれ、まだ本当に戦地へ行くかどうかもわからんのに」
「けど……軍医として行くんだろ」
「の、見習いだ」
いつからか、友人達が出征前に彼の元を訪れる妙な習慣が生まれた。
彼らは決まってこう言った。
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