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「お前は生き残りそうな気がするから、しばらく預かってくれないか」
一冊、あるいは複数冊、彼の元へ置いていったのは戦地へ発った友人や知人。中には初対面で名も知らぬ学生もいた。
ある友人など、ぎっくり腰になりそうなくらい大量な本を風呂敷に包んで背負ってどっさり残していった。
後藤も友人達に倣うというのか。
「わかった。預かる」
幸宏は立ち上がり、客人に茶を入れ忘れたのに気づいて台所へ立った。
「机の上に硯があるだろ」
居間にいる後藤に声をかける。
「ああ」
「墨が薄いかもしれないから摺ってくれる? それで書いてくれたまえ」
「何を」
「今日の日付と君の名前」
幸宏は本持ちだ。彼の財産とも命とも言えた蔵書は別室にぎっしりと並んでいる。が、全てが彼のものではない。人から託され預かったものも数多く含まれていた。
皆、彼を訪ねてきた友人達が残したものだ。
幸宏はそれら全てに本人に署名をさせた。後藤にもそれをせよと言っている。
「こんなに置いて行かれては部屋中シラミだらけになるし、本屋が開けてしまうよ。僕は司書じゃないからどれが誰のか、いちいち覚えていられない」
ふ、と後藤は唇の端で笑う。
「ごもっともだ」と言って、表紙をめくり筆を取った。
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