【3】戦争

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嘘だ。 名前をしたためる彼を後ろから見ながら思う。 幸宏の元を訪れるものは皆、覚悟を決めてやってくる。忘れることなどできるはずがない。 けれど、湿っぽく送り出したくなくて、あえてそう言う。 託される本を手にする時、「預かるだけだから。必ず取りに来いよ」と告げる。 今日も同じことを繰り返すのだ。 ……たまらない。 薄い茶で喉を潤した二人は箸にも棒にもかからない話題をかわし、話題がなくなって沈黙が訪れた頃に「じゃ、また」と言って後藤は膝を打った。 「ああ、そうだ」 玄関先で靴を履きながら後藤は言った。 「妹さん……」 「知子?」 「ああ。息災か」 「伯父の家でおとなしくしてるよ」 「ピアノは……まだ続けてるんだろうか」 驚いた。 兄ですら妹がピアノに堪能なことを時として忘れてしまうのに、彼は接してきた期間が短かったというのに覚えているのか。 そして、あ、と思った。
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