第1章

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「……なぁ、琥珀」 帰り道、神楽は重々しく口を開いた。 「なんだよ辛気臭ぇ……」 少し先を歩いていた俺は、振り返って神楽を見る。 「さっき……保険室にいた時来た女の子いただろ?」 「あぁ、右目隠してた奴だろ?」 神楽は頷く。 「あの子、何で右目を隠していると思う?」 「……そう言う髪型が好きなんじゃないのか?」 正直興味が無かったので適当に答えるが、神楽は首を横に振った。 「違う。……見えてないんだ、右目。」 「……へぇ」 何でそんな事を知っているのか、そう聞こうとしたが。 「怪我して失明したんだよ……ずっと昔に」 ……失明…… 右目 怪我 「……かぐ」 俺は声を発する前に、激しい頭痛に襲われた。 一瞬、映像が頭をよぎる。 赤。 赤。 どこを見ても赤く染まった空間。 男に抱えられた女の黒髪に隠れた右頬には、赤い赤い……血。 『ごめんなさい……ごめんなさい……っ』 男の声が頭に響く。 「……く、こはく、……琥珀!」 は、と意識が戻る。 神楽がこちらを悲痛な目で見ている。 「か、ぐら……」 まだ呆けている俺に、神楽は少し怒ったふうに問いかける。 「なぁ、……ホントは本読んでて、気づいてるんじゃないのか?俺達の事も、自分の事も……」 「……」 俺は少し目を伏せた。 ……本当は、気付いている。 自分の中の異変がどういうものであるか。 自分の中で欠けているのは何か。 ……けれど。 「……少し、考えさせてくれないか」 俺は改めて神楽に目を向けた。 「俺はまだ全部を知ってる訳じゃない。時々変な映像が頭に浮かぶだけなんだ。……でも、この先を知るのは何故か、……怖い」 神楽は俺をじっと見て何も言わない。 促されるように俺は再び口を開いた。 「ただ、俺にとってとても大事な事だって事は分かる。……そんな気がしてるだけかもしれねぇけど」 夢で見た少女と俺は、とても幸せそうだった。 そんな夢を見ても何故か真実を拒絶するように、俺の手はしっとりと手汗が滲む。 「俺……あの本、読むよ。徹夜してでも」 ここでようやく、神楽の表情に変化が起きた。 穏やかに、笑っていた。 まるで一世代上の大人のような笑みに、俺は思わず目を見張る。 「そっ、か……分かった、待つよ」 神楽は俺の肩をぽん、と叩いて歩き始めた。 ありがとう、と言うのは照れくさいので、神楽の隣で歩みを進めた。
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