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別に化粧を馬鹿にしている訳ではない。
前の沙那は、満足に女の姿も出来なかった。
男としての生を強要されていたのだ。
その時代は、まだ性同一性障害が認められていなかったからである。
薊姫に拾われるまで、その事で随分苦しんでいた。
それ故に、女としての生を謳歌している今の沙那に、俺と神楽は安心したような、心から喜ぶような視線を沙耶に向けたのだ。
「何よ二人して…気持ち悪い」
「お前…琥珀の兄弟かなんかか?」
「冗談でも嫌よ」
「お前ほんと変わんないな」
俺はため息をついて、下駄箱を開けた。
中には、封筒が入っていた。
「……!」
「……あ」
二人は固まった俺の下駄箱を覗いたあと、慌てて自分の下駄箱を見に行った。
戻ってきた二人の手にも、同じ封筒が。
「……これ、やっぱりそうだよね」
沙那は眉間に皺を寄せながら、呟いた。
「今居ない前のメンバーはあと三人しかいないだろ?忍の奴と、沙那の兄貴と…」
「……姫様……」
俺は呟いた。
封筒の中身を見ると、メッセージカードが入っていた。
『明日の放課後、3年6組の教室にて』
「……コレ」
「間違いない」
神楽は何か言おうとしていたが、俺は抑えられない高揚感を吐き出すように言った。
「これは、薊姫の字だ」
二人は、何も言わずに目を合わせた。
夢を見た。
あぁ、また『前』の夢か。
そう思った俺は、特に気にするでも無く夢の中の光景に目を向けていた。
前の俺が、人を殺すまでは。
突然、視点が前の俺に移る。
俺の視界に入っているのは、真っ赤な血に濡れた刃と自身の手。
『……ぁ……』
これは、人を殺した記憶。
自分の意志に関係無く記憶の中の体は動き、次々に人を斬る。
『……め、ろ……やめろ……っ』
精一杯叫ぶ……が、口すらも自分の思うままに動かせない。
『やめろ……やめてくれ……!!』
手に、体に、返り血が散る。
全身を赤く、赤く、染め上げて
油で滑る刃はなおも人を殺すために動く
俺の手で。
『……っぅ、ぁぁぁあああぁぁあぁああぁ!!!!』
誰にも届かない叫びは、俺のなかで反響して……消えた。
目を開けると、そこは自分の部屋。
ゆっくりと体を持ち上げて、両手を見つめる。
手に残るは、肉を断つ感触。
「……この時代では俺は、立派な犯罪者だな」
そう言って、笑った。
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